第4回:アブ・シールのピラミッド1 (サフラー王
古代名 バアが出現するピラミッド
ファラオ サフラー
年代 古王国時代 第5王朝
大きさ 51.5m
78.5×78.5m
場所 ギザとサッカラの間
カイロ又はギザからタクシー
特徴  第5王朝初代の王ウセルカフはサッカラにピラミッドを建てたが、次の王サフラーからしばらくの間、アブシールに造営するようになる。
 かなり荒れてはいるが、葬祭殿や河岸神殿跡を確認することができる。星でうめ尽くされた天井も残っている。ピラミッドの内部も美しいらしいが、地震で崩れたため、入り口がふさがっていた。

 ギザとサッカラの間に位置するアブシールには14基のピラミッドが建造されたらしいが、日乾レンガ製なので今では丘のような姿が残っているだけです。ピラミッドとしてハッキリ確認できるものは、サフラー王(A)、ニウセルラー王(C)、ネフェルイルカラー王(D)の3基のみ。AとIの間にはシェプセスカラーのものと思われる、未完成のピラミッド(地下の基礎部分のみ)が見つかっています。
 ここもギザのピラミッド群と同じような位置関係でピラミッドや神殿が造られていたが(A、D、Eのピラミッド)、ニウセルラー(C)がピラミッドを割り込ませ、ネフェリルカラー(D)の河岸神殿と参道を流用した為、今のような複雑な形になった。
 古代にはアブシール湖(J)があったらしく、ピラミッドから遠く離れた場所に河岸神殿跡がある。
A-サフラー王のピラミッド
B-プタハシェプセスのマスタバ
C-ニウセルラー王のピラミッド
D-ネフェルイルカラー王のピラミッド
E-ネフェルエフラー王のピラミッド
F-サフラー王の河岸神殿
G-ネウセルラー王の河岸神殿
H-ニウセルラー王の太陽神殿
I-ウセルカフ王の太陽神殿
J-アブ・シール湖


ピラミッドと葬祭殿(A) キツネが歩き回っていました!
象形文字の刻まれた柱やブロックが残っています  倒れた柱にサフラー王の名が
のあたりから見た風景 椰子型の柱が残っています
河岸神殿跡(F) 船着場、と言っていました 本当?


これで12基のピラミッドを見ました。




第4回:アブ・シールのピラミッド2 (ネフェルイルカラー王)
古代名 バアのピラミッド
ファラオ ネフェルイルカラー
年代 古王国時代 第5王朝
大きさ 70m
106×106m
特徴  最初は6段の階段ピラミッドとして計画されたが外装を追加して拡張していった。しかし、ピラミッドとして完成することは無かった。アブ・シール地区では最大規模のピラミッド。


 サフラーの後に王位についたのは弟にあたるネフェルイルカラーだった。 第5王朝の3人目のこの王から、第2カルトゥーシュの使用が始まり、そこには王の誕生名と思われる「カカイ」の名が記されていた。

砂で埋もれて、丘のようになっている(D)
ピラミッドの前には葬祭殿跡がかすかに残っている


これで13基のピラミッドを見ました。




第4回:アブ・シールのピラミッド3 (ニウセルラー王)
古代名 ニウセルラーの場は不朽なり
ファラオ ニウセルラー
年代 古王国時代 第5王朝
大きさ 51.5m
81×81m
特徴  ピラミッドは崩れて小山のようになっている。葬祭殿もほとんど残ってないが、ネフェルイルカラーの河岸神殿と参道を流用しているため、L字型に曲がった形をしている。
 ニウセルラーは自分のピラミッド(C)と太陽神殿(H)の他に、父王ネフェルイルカラー(D)、母ケントカウエス(DとEの間)、兄のネフェルエフラー(E)のピラミッドを造ったと思われる。自分のピラミッドも同じ場所に造ることを望んだため、サフラー(A)と父王ネフェルイルカラー(D)のピラミッドの間に小さなピラミッドを建てた。約1キロ北西に建てた太陽神殿(H)のほうが規模が大きかった。

瓦礫の山とかしているピラミッド(C)
葬祭殿の床には黒い石が使われている


これで14基のピラミッドを見ました。




番外編:アブ・シールのマスタバ墳 (プタハシェプス)
ファラオ プタハシェプス
年代 古王国時代 第5王朝
特徴  アブシール地区で一番いろいろなものが残っている遺跡です。あちこち登ったり、くぐったりして石棺やレリーフを見ることが出来ます。楽しい!
 プタハシェプスは第5王朝の4人の王に使えた。(資料によってニウセルラー王の宰相、又はサフラー王の宰相ともいわれている)マスタバ墳の規模は大きく、実物大の船の形をした部屋が2つあり、これは王以外の人物としては異例のこと。

このトンネルを滑り降りて行くと・・・ 妃のものといわれる、小さな石棺
柱にはそれぞれレリーフが残っている 象形文字もはっきり確認できる



番外編:アブ・グラブ  リガのピラミッド (2004年-更新)
ファラオ ニウセルラー
年代 古王国時代 第5王朝
大きさ オベリスクの底辺 推定25×25m
場所 ギザとサッカラの間
カイロ又はギザからタクシー  アブ・シールから徒歩
特徴 古王国時代に太陽崇拝が盛んになりいくつか建てられた太陽神殿のうちの一つ。 
 アブ・グラブはギザとサッカラの中間に位置する遺跡です。昔、「リガのピラミッド」として知られていたそうですが、本当は第5王朝のニウセルラー王の太陽神殿跡です。しかし、過去にピラミッドと呼ばれたこともあるのでこのページで紹介することにしました。
ニウセルラー王のピラミッドは隣のアブシールにあります。このピラミッドのような小山はベンベン石(*)が建っていたと思われる台座。この台座の前には奇妙な形の供物台、脇には屠殺場跡がある。
 太陽神殿はピラミッドと対になっていて、6つ造られたことがわかっている。現存するのは2つのみ。もう一つはアブシールのウセルカフ王のもの。
*オベリスクとピラミッドの最古の原型。短いオベリスクのような形をしている。
ベンベン石の台座 高さは意外とあります
上から供物台を見下ろす
供物を表す「ホテプ」の形の石に円形の石が囲まれている
真ん丸の供物台
屠殺場の水を貯めていたボールが見える 大理石のボールが並ぶ
遠くにアブ・シールのピラミッドが見える

 ここは19世紀末から20世紀初頭にドイツの学者によって発掘された。その際、多くの浮き彫りをドイツに持ち帰ったが第2次世界大戦で破壊されてしまった。エジプトの遺跡はこのパターンが多いですね。イギリスに持ち帰る途中に遭難したり・・・。



          



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